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コラム

2013年 03月 12日

出来て当たり前のプレッシャー

 

27歳から31歳までは大阪で過ごしました
義父母の家に同居というよりは、居候みたいな感じで(笑)

24時間会社のことを考え時に激しく議論を交わす人々の真剣な姿を見ながら過ごしたわけです
当時は人事や経理、総務といったところで、それなりに責任ある仕事を任されてやってました

30歳の年は本当にキツイ1年でした
10月、2回目の流産をしました
当時は不妊治療もしていたので、自分自身妊娠したことは分かっていたのですが、病院に行く暇もなくそのままシンガポールへ出張しました

5日間の出張の中盤を過ぎたころ、仕事を終えベッドに横になったとき、ふと「ムカムカ感」が全然しなくなっていることに気がつきました

妊娠の初期でしたけど、なんとなく体の変化はあって
昨日まであったその「気配」はいつの間にか無くなっていました
ガーベラ

その時自分では、またダメだったんだ、と悟ったのですが、それでも翌日の仕事もあるし・・・
結局病院に行ったのはその4日後
エコーで見たのは、命の兆しがまったくない卵の残骸、先生には処置を勧められました

11月には、中途採用間もない外国籍の社員が突然亡くなるという不幸がありました
家族への連絡、お葬式の手配、その後の社会保障の手続き、中心になってやらない立場でした

私は彼の不幸の際に、厚生年金の遺族保障には加入義務期間の3分の2以上の実績がなければ適用されないということを学びました
彼は日本にいた期間転職が何度かあり、この条件をクリアせず、そのため遺族への説明等々手続きが全て終わるまでには結構な時間を要しました

12月は、社内での一番の理解者であった私の直属の上司がガンで亡くなりました
ずーっと入院していたのですが、私は何度かお見舞いに伺いその都度温かい言葉をかけてもらっていました
本当は逆の立場なのに・・・

世の中には、あまり身近な人の死を経験することなく過ごす方もいらっしゃいます
そういう意味では、結構私は「死」に直面するケースあるほうかと思います

前述の外国人が亡くなった時、救急車に飛び乗り病室に付き添ったのは私ですから・・・
外国で一人亡くなるって寂しいことです
私は前月休みをもらっていた関係もあり、彼とはあまり言葉を交わすことがなかったのですが、意識なく横たわる同年代の彼を見つめながら、彼の人生って幸せだったのだろうかと考えて涙が止まりませんでした

当時は立場的に何かあれば一番前に出ていかなければならないことも多く、周りも「出来て当たり前」という雰囲気もありましたからそのプレッシャーでいつもめげそうでした
だから自分で考える だから自分で調べる 失敗しながら学ぶ

そんな毎日でしたね・・・
多分いつもプレッシャーでカリカリしてたので、今より随分怖い顔をしていたと思います(笑)

「寄り添うことの大切さがやっとわかった」に続く

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