確定拠出年金の社長ラジオ

確定拠出年金の社長ラジオ

2013年 03月 13日

ファイナンシャルプランナーとして

 

ファイナンシャルプランナーの上級国際資格を取得したのは2004年
アラフォーでの再出発です

小学校の英語の先生としての契約は1年で終了し、そのあとはシニア向けのパソコンのインストラクターをしていました(笑)
つくづく家にいられない人なんだと、思います・・・

FPとしては、生協でのセミナーや個別相談、カルチャースクールの講師や大学でのFP講座など活動を始めました

最初は講師業中心でしたね
いろんな研修会社のオーディションを受けて、派遣先に行っていた時期もあります

その後原稿依頼が少しずつ入るようになり、書籍を3冊発行したのもこの時期です

山中の書籍一覧

娘が小学校低学年頃までは、仕事はのんびりやってました
むしろPTA活動のほうが忙しく、役員をしたりママ友と遊びに行ったり・・・

独立系FPとして、意識的にも実績的にも、仕事となり始めたのは今から5年くらいではないでしょうか?
証券仲介業や、保険募集人資格などをとり、相談業務に特に力をいれるようになりました

いろいろ振り返ってみると、20代は学びの時期ですね
本当に学びの時期

私はこの頃に、「自分が変わること」を理解しました

「自分が変わらない」と「何も変わらない」
そして、 「始めない」ことには「何も始まらない」

 

当たり前のことですけど、自分でそれが分かって良かったと思います

大変だったし、今から戻りたくない場面もたくさんあるし、忘れてしまいたいこともあるけれど、あの時期があって今があるのでしょうね

30代は、20代の経験を噛み砕き消化する時期
そもそもつながりのなさそうな事柄が、あーでもつながっているんだということが、ちょっとわかるような「気がした」時期

40歳をすぎたら、背伸びをしなくても、飾らずいつも自然体でいることのほうがむしろ良いということが分かり気持ちがとっても楽になりました
同時に仕事もやっと軌道に乗り始め、お勤めの頃以上の収入がコンスタントに入るようになったのも独立から5年経ったくらいから

お客様との関わりも変わって来ました

ファイナンシャルプランナーとして私がやるべきことは、難しい理論ばかりをいうのではなく、お客様が自分自身のライフプランを「自信をもって」歩めるような具体的なソリューション提供

 

そこに行き着いてからは、迷いもありません
常にお客様のための目線が定まったのて、あとは常に研鑽を重ねること
今は私の目の前にまっすぐの道がどこまでも続いているような気がします

道路

「社長ラジオで目指すもの」に続く

以下の記事も読まれています。

Tags: