確定拠出年金の社長ラジオ

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2013年 03月 10日

マーケットバリュー

 

1994年、私たちは帰国しました
当時日本はコメ不足とかいわれ大騒ぎしていて、アメリカからのお土産としてカリフォルニア米を何袋も買った思い出があります(笑)

帰国後は義父の経営する会社に入りました
当時義父が社長、義母が副社長でしたので、役員秘書のような、総務や人事などの管理部門のような、ま、いろいろ見習いってところです

仕事もちょっと慣れたころ、シンガポールに進出する話が持ち上がりました

私はその採用担当、特に管理をちゃんとできる方を採用することがミッション

ビジネスウーマン
私は28歳、アメリカの大学も卒業できたし、それなりに経験も積み自分自身でも成長を感じる頃でまた若さもありましたから、勇んでシンガポールに出かけました
しかし・・・
採用ってどうしたらいいんだろう?
笑っちゃいますけど、気持ちばかり先走って、どうしたらいいのかわからない

とりあえずイエローページを見たり、紹介してもらった会計士さんに聞いてみたり、エージェントと情報交換をしてみたり
ホント当たって砕けろで砕け散る毎日(笑)

それでも、なんとか私より3つ年長の優秀な女性を採用することができました   入社当日、午前中のOJTを終え、お昼休み   休憩中の彼女をふと見ると、求人誌を見てるんですね、熱心に   焦りました

OJT中の私の態度が悪かったのかと思って^^;
え~、もうやめちゃうの~って、心はパニックです・・・
思い切って聞いてみました
仕事探そうって思ってるの?って   彼女はこう答えたんですね

「いいえ、私は求人誌をいつも見て、どんなスキルが今求められているのか、どのような人材ならもう少しよい給与がもらえるのか、リサーチしているんです  それを元に自分のマーケットバリューを高める努力をしているんです」

これが私の3つ目のエピソードです
自分自身のマーケットバリュー

日本人にはちょっと馴染みが薄い考え方かもしれませんが、その通りですよね
世の中に求められる自分でいること、それが稼げる自分であり、自己実現のチャンスを広げる土台となる

彼女の言葉、私にとっては衝撃でした

キャリアに対する自分の考え
そして社会に貢献し、収入を得ることに対する姿勢
彼女との出会いは、その後の私の仕事に対する考え方に一本芯を通してくれました

23歳から28歳までの5年間
私にとっては、その2倍も3倍も生きたような中身の濃い時間でした   自分の人生は自分で責任を持つ   遅ればせながら、この頃になってやっと大人の自覚が芽生えました

でも、自覚だけではダメですよね
社会人としての試練は、そこからが始まりでした

「社長の隣の席」に続く

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